賈詡 | 司馬懿戦線

賈詡の活躍と戦略――三国志における鬼才軍師の足跡

三国志の時代、多くの名軍師が活躍したが、その中でも賈詡（かく）は特異な存在だった。彼は剛胆な武勇を誇る将軍ではなく、また孔明のような理想主義的な名声も持たなかった。しかし、彼の才覚は並外れたものであり、多くの戦いにおいて冷徹かつ的確な判断を下し、主君を勝利へと導いた。

本稿では、賈詡の活躍をいくつかの戦いを通じて振り返り、彼の知略の奥深さを探る。

賈詡は、後漢末期の涼州武威郡姑臧県（現在の甘粛省）に生まれた。若い頃から知略に優れた人物であり、地方官として仕えたが、世の乱れとともに戦乱の渦に巻き込まれていった。

彼が歴史の表舞台に登場したのは、董卓が殺害された後の混乱期である。董卓の配下であった李傕（りかく）と郭汜（かくし）が、長安を支配しようと画策していた際、賈詡は二人に献策し、大きな成功を収めることになる。

董卓が王允らによって暗殺されると、その勢力は四散し、配下であった李傕や郭汜も一時は逃亡を余儀なくされた。この時、二人は進退窮まり、打つ手を失っていた。そこで賈詡は「今こそ反撃の時」と進言し、長安への進軍を決断させた。

李傕と郭汜は賈詡の助言を受け、長安へと軍を進め、洛陽を守る司徒・王允を攻めた。彼らは王允を討ち取り、献帝を擁して朝廷を掌握することに成功する。この功績により、賈詡の名は知略の人として広まることになった。

しかし、李傕と郭汜は次第に対立し始め、やがて内紛を起こしてしまう。この混乱を利用し、賈詡は巧みに立ち回り、最終的に曹操のもとへと身を寄せることとなる。

賈詡はその後、張繍（ちょうしゅう）に仕えるが、ここでも卓越した戦略を発揮した。特に有名なのが、**「宛城の戦い」**である。

宛城（現在の河南省南陽市）を拠点としていた張繍は、曹操と一時は友好関係を築いたものの、やがて対立することとなった。曹操は宛城を攻めようとしたが、賈詡は張繍に「奇襲を仕掛けるべし」と進言した。

曹操は油断し、宛城に駐屯していたが、張繍の軍勢が奇襲を仕掛けると、大混乱に陥った。この戦いで曹操は愛息の曹昂や甥の曹安民を失い、敗走を余儀なくされた。これは賈詡の知略が光った戦いの一つである。

その後、曹操は報復として再び張繍を攻めるが、賈詡はここで再び機転を利かせる。彼は張繍に「このまま戦えば滅びるだけ。曹操に降伏すべし」と説得し、張繍を曹操の配下にさせた。曹操も賈詡の知略を評価し、彼を重用するようになった。

曹操は中原の統一を目指し、各地の軍閥を討伐していった。賈詡はその過程で数々の献策を行い、曹操の勢力拡大に大きく貢献した。

曹操が袁紹と対峙した**「官渡の戦い」**（200年）では、賈詡は戦略的な助言を与えた。袁紹は圧倒的な兵力を誇っていたが、賈詡は「袁紹の組織は一枚岩ではなく、分裂の余地がある」と見抜き、離間の計を進言した。

曹操はこの助言を受け、袁紹の配下であった許攸（きょゆう）を寝返らせることに成功する。許攸の情報提供により、曹操は奇襲をかけ、袁紹軍の補給を断つことで勝利を収めた。これは賈詡の戦略眼が大いに発揮された戦いであった。

211年、涼州の軍閥であった馬超と韓遂が曹操に反旗を翻した。この戦いでは、賈詡は「離間の計」を用いることで勝利をもたらした。

賈詡は曹操に「馬超と韓遂の間に不和を生じさせるべき」と進言し、曹操は巧妙に両者を疑心暗鬼にさせた。その結果、馬超と韓遂は互いを信じられなくなり、連携を崩して敗北した。この戦いもまた、賈詡の知略が大きな役割を果たした。

賈詡はその後も曹操に仕え、魏の建国後も重要な役職を務めた。彼は政争には深入りせず、慎重に生き抜いたことで長寿を全うすることができた。

彼の知略は冷徹でありながらも的確であり、多くの戦いで曹操を勝利に導いた。特に離間の計を得意とし、敵陣に疑心暗鬼を生じさせて勝利をもたらした点が特徴的である。

三国志の中で、賈詡は諸葛亮や司馬懿ほどの名声を得ることはなかったが、彼の知略がなければ曹操の天下統一も難しかったかもしれない。その意味で、賈詡はまさに「影の知将」と呼ぶべき存在であった。